蜂 龍 盃  ( 森山酒造場/北設楽郡東栄町 )

北設楽郡東栄町は愛知県の北東部に位置する人口五千人余りの町である。
静岡県佐久間町との県境を成し、長野県の山間部にも近いこの町は木曽山脈の南端部に
あたるため、800〜1000m級の山々が連立し緑深い自然に囲まれている。
町の面積の90%以上を杉や檜などの山林が占めるため産業は当然の事ながら林業が
中心だが、最近では山間の静かな環境の中で飼育される優良なブロイラーの生産地
としても注目を集めている。また、国の重要無形民俗文化財に指定されている「花まつり」は、
この町に古くから伝わる民俗芸能を代表するもので、毎年11月から翌年3月までの間に町内
の11地区で開催され、神に捧げる数々の舞いが夜を徹して行われている。酒造りとは
直接関係した行事ではないそうだが、祭りの期間は奇しくも酒の寒造りの時期とほぼ
一致している。

今でこそ国道が整備され、さほどの苦労もなく町へたどり着くことはできる
が、この隔世的な山里で元禄年間(1688-1703)からずっと造り酒屋を営んできたの
が森山酒造である。「昔は各町や村にそれぞれ一軒くらいは造り酒屋があった」そう
だが、今では近隣の町村では設楽町に一蔵あるのみである。遙か300年近く前にどう
いった経緯で酒造りがこの地で始まったのか、愛知の酒の歴史を探るうえでもかなり
興味の持たれるところだが、残念ながら手掛かりとなる資料は残存していないとのこ
とであった。

街道を利用した物資輸送がまだそれほど盛んでない江戸時代中期頃までは、
限られた地域のみで楽しみ、余ることなく消費されるだけの量の酒を造っていればす
べてが事足りていた。現在の森山酒造も基本的にはこれと同じである。製造量は年間
300石という小さな規模であるが、「東栄町と隣の鳳来町の需要を満たすにはこれ位
で十分な量」だと言う。また、山奥の小蔵であったため、戦後の高度成長期に日本酒
の需要が飛躍的に伸びた時も、大手酒造との桶売り・桶買いの構図に組み入れられる
ことからも免れている。ただ、ただマイペースで自分たちの酒を地道に造り続けてき
た、それだけの事であり、それ以上のことは何もなかったのである。

       それでも300年近い歴史を築いてこられたことにはそれなりの理由がある。
先代は当時の杜氏の技術向上のためにわざわざ丹波から技術者を呼んで指導にあてた
という。需要・供給の安定にあぐらをかくことなく、質の良い酒造りを心掛けてきた
ことが今日につながっているのではないだろうか。現在は越後杜氏がその意志を引継
ぎ、酒造好適米の山田錦、若水を用い、高精白、小仕込みを基本とした丁寧な酒造り
を行っている。また、この蔵で昭和40年頃まで造りにあたっていた前杜氏は蒲郡出身
の杜氏であったという。今でこそ愛知県の独自の杜氏集団の名を聞くことはないが、
その昔には三河地方を中心に蒲郡杜氏をはじめ知多杜氏、三河杜氏などと呼ばれる杜
氏集団が存在していた。戦後を機に彼らの名はやがて歴史から消え去ってしまった
が、その蒲郡杜氏の最後のひとりがこの蔵にいたというは事実は歴史上興味深い。

       ご主人の湯浅敬介氏は自蔵の酒を「昔蔵造り」と呼んでいる。若干の道具の
入れ替えはあるものの機械化への転換や量産の必要性にも迫られず、「昔ながらの古
い蔵の中で、昔と変わらない手作業での酒造り」を続けて来たからであろう。町並み
の景色の中にひっそりとたたずむ酒蔵はどことなく懐かしさが感じられ歴史の匂いが
漂っている。蔵の中では山間から引き込んだ涌き水の途切れなく流れ落ちる音が周囲
の雑音を打ち消し、昔ながらの造り酒屋としての情緒をいっそう引き立てている。
       ところで、江戸時代にタイムスリップしてしまった様なこの蔵でも少しは世
間の流れが気になっているようである。吟醸酒は戦後も久しく造られていなかった
が、やはり注目されている酒でもあり、技術研鑽の目的も含め約10年前より造りを始
めたという。「吟醸造りは難しい」と言いつつも、きれいな空気、美しい水、冬の朝
晩の「凍みる」と呼ばれる冷え込みなどの自然条件が十分に活されて、香りの良い、
すっきりとした味のある酒が生まれている。また、吟醸酒から普通酒に至る商品全般
の日本酒度はおおよそ+3〜5が基準となっている。春の山菜、夏の鮎やあまごといっ
た川魚、秋のきのこ、冬のしし鍋と奥三河ならではの料理にもよくマッチする辛口酒
を目指しているからである。

       現杜氏も高齢になりつつありこの先は現在すでに一緒に造りにあたっている
蔵元の御長男の高行氏が後を受け継いでいくという。そうなれば蒲郡杜氏ならぬ三河
杜氏の復活である。今後の展開にも注目しなければならない。

       近年、酒に科学的な解析が加わり、様々なデータの蓄積によって驚くほどに
機械化は進歩している。そして多くの蔵が少しずつその方向に向きつつあるようにも
思える。また、逆に機械化、量産化を頑なに拒否し続ける蔵もある。しかしながら、
森山酒造はそのどちらでもないような気がする。山里深い小さな町で時代に流れされ
ることなく淡々と酒造りの伝統を積み重ねて来た、そんな蔵なのであり、それがこの
先も変わることなくずっと続いていくような気がするからである。

        酒蔵データ・森山酒造場

      <代表銘柄>   蜂龍盃(はちりゅうはい)

      <創 業>    元禄年間(1688-1703)

      <代表者>    湯浅敬介 

      <杜 氏>    池田典吉(越後杜氏)

      <所在地>    〒449-0214 北設楽郡東栄町大字本郷字森山1番地

      <由 来>    中国の高貴な盃・蜂龍盃の名前にちなんで

      <石 高>     300石

      <仕込み水>      東栄町駒久保地区の湧き水(天竜川水系)

      <水 質>        やや軟水

      <鑑評会成績>    戦後は出品なし(今後は出品の方向で検討中)

      <情報発信>      なし

      <組織加盟>      なし

      <蔵見学>        可能(要予約、15人位まで。時期:12月〜3月頃まで)

      <電話番号>      05367−6−0001

      <FAX番号>      05367−6−0001

      <清酒以外の商品>なし

      <消費先>       県内95%(東栄町、鳳来町など)

                        県外5% (東京、静岡など)

種別     商品名    麹米・掛米(精米歩合)        酵母   日本酒度   酸度

大吟醸酒      大吟醸      山田錦(45%)・山田錦(45%)      協会9号   +3〜5   1.4

純米吟醸酒    純米吟醸    若水(50%)・若水(50%)          協会9号   +3〜5      1.5

特別純米酒    純米酒      若水(55%)・若水(55%)          協会9号    +3〜5     1.5

夢山水        夢山水(55%)・夢山水(55%)      協会9号   (※平成11年から仕込み予定)

特別本醸造酒 本造り      若水(55%)・若水(55%)          協会9号   +3〜5      1.4

           花まつり    若水(55%)・若水(55%)          協会9号   +3〜5      1.4

                     蔵出し原酒  若水(55%)・若水(55%)          協会9号  +3〜5      1.4

      季節商品   濁り(生酒)、蜂龍盃、極上 蜂龍盃など

       ※特定名称酒は時期により生酒または生詰で販売

<商品に対する蔵元コメント>

・清酒 蜂龍盃「大吟醸酒」
酒米の最高級といわれる「山田錦」を磨きに磨き上げ、長期低温発酵でじっくりと造り上げ
ました。
果実のような香り、飲み飽きしないスッキリとしたフルーティーな味はまさにライスワインと
言えます。

・清酒 蜂龍盃「純米吟醸」
 精米歩合50%、日本酒度+5、やや辛口で柔らかな飲み口のお酒です。上品な米の旨味が
口中に広がります。

・清酒 蜂龍盃「純米酒」
日本酒本来の米、米こうじ、水だけを原料に、厳冬の最中に昔ながらの手造りの技法で
醸しました。
米の持つ旨味をそのまま生かし、まろやかな口当たりと柔らかな酸味が特徴です。

・清酒 蜂龍盃「蔵出し原酒」
 しぼりたて生酒をそのまま冷暗所で寝かせ、熟成するのを待って瓶詰めにしました。
しぼりたてその ままのコクと芳醇な香りが特徴です。
冷やしてストレート、または高濃度ですのでオンザロックにも ピッタリです。
量より質、じっくり味わってお飲み下さい。

・清酒 蜂龍盃「花まつり」
国の重要無形民俗文化財「花まつり」は室町・鎌倉時代に山伏や修験者によって
奥三河に伝え残された農民信仰で、一の舞い、花の舞い…と40種類の舞いが夜を
徹して行われ、その踊り舞う光景はさながら神人融合の境地です。
これは永い伝統の中に生き続けてきた神人和合、五穀豊饒、無病息災を祈る神事芸能で
東栄町、豊根村、津具村など奥三河地域で年末から新年早々、春先と盛大に開催されて
います。
奥三河地域で花まつりの準備を始める厳寒の澄んだ空気の中で、澄んだ水と
高精白の酒米を用い、低 温醸造でまろやかな香り、柔らかな味に仕上げました。

※注  「愛知の地酒」  1999年4月8日初版発行 著者:横田俊尚
      著者の了解を得て、本文を抜粋させていただきました。